黴ブログ

好きなものやことを、徒然なるまま書き散らす。

歴史の裏に隠れた珠玉の名曲たち syrup16g『delaidback』を聴いた

先日更新した記事でsyrup16gに対するアツい想いを綴ったばかりだが、遂に待望のニューアルバム・delaidbackが発売された。風邪にヤラれて寝込んでいた為に更新が遅れてしまったぜ。悔しいんだぜ。常にこめかみを襲う頭痛が気になるけれど、気を取り直して今回もアツくレビューしていきたいと思う。(先日の記事は下記リンクをクリック!)

 

kawabeko1991.hatenablog.com

 

デビュー以来続く長いsyrup16gの歴史の中で、音源化されていない楽曲を新録で収録したこちらのdelaidback。一聴して思ったが、ただの過去曲の寄せ集め、と侮るなかれ。1枚のアルバムとして、なんと完成度の高い作品だろうか。このアルバム、控えめにいって僕らがあの頃魅せられた、syrup16gの魅力がふんだんに詰まったとんでもない名盤だと思う。

 

delaidback

delaidback

 

 
今回個人的に驚いたのは、2008年のsyrup16gの解散後に始動した、犬が吠えるのライブにて演奏された収録曲、01.光のようなと07.赤いカラスの2曲。五十嵐氏の生還ライブで赤いカラスを聴いた際にも思ったのだけれど、この2曲、すんげぇ。五十嵐隆氏のキャリアの中でも上位に軽く食い込むくらいの名曲じゃないだろうか。

syrup16g解散後の虚無感と寂しさと、それでいて生を渇望するような力強さと優しさに溢れた楽曲で、美しいメロディがそっと胸に沁みる。所々叫び歌う五十嵐氏の生々しいボーカルも相まって、楽曲に込められた凄まじいまでの感情を感じてならないのである。そしてそれに加えて、

 

中央線が止まっても 最終に乗り遅れても この生活は終わらない

退屈を感じれるひとも つまらないと投げ出すことも 

とても羨ましく思えるよ

 

と、syrup16gの音楽の根底にある「果てしなく続く生活」といったテーマを抽出して、最大出力でぶっ放している光のようなの歌詞。美しいメロディにsyrup16gらしいコード感満載のソリッドな演奏に加えて、この無常感漂う歌詞である。完璧じゃなかろうか。ライブでの新たなアンセムになりそうな予感が既にプンプンじゃないか。これまでライブでのみしか聴くことが出来なかった、これらの楽曲が音源で聴けるのが僕は嬉しくてならない。

 

また古今東西、良いアルバムというものはそのアーティストの持つカラーが様々な形で魅力的に収録されているもの。こうした名曲の新録も勿論なのだが、本作delaidbackには、そんな色とりどりのクレヨンを敷き詰めたような趣がある。様々なsyrup16gの側面が垣間見えるバラエティ豊かな楽曲群が揃っていると思うのだ。


甘美なメロディに乗せてダウナーな無力感に落ちていくような02.透明な日や03.star slaveに、ポップで爽やかな曲調ながらも「何もいいことがねぇ」と五十嵐節が炸裂する11.4月のシャイボーイや08.upside down。また不協和音的な怪しげなメロディが光る05.ヒーローショーや09.ラズベリー。そしてラストの遠い希望に手を伸ばすような、光に満ちた空気感の13.光なき窓まで、どこをとっても多彩なsyrup16gの魅力に溢れた内容になっている。


未発表の楽曲の中にも、これ程までに素晴らしい名曲たちが数多くあったとは。五十嵐隆氏の才能には驚かされてばかりである。長く続く彼らの歴史の、その裏に隠れた珠玉の名曲たちが集まった、珠玉の裏ベスト盤とも言える1枚ではないだろうか。

時に落ち込み虚無感や無力感に襲われながらも、どうにか抗い生きている。五十嵐氏が歌うように、中央線が止まっても最終に乗り遅れても、この生活は終わらない。そんな、果てしない生活を送る我々のそばにふらっといてくれるような、何だかしんどい時にふと聴きたくなるような、そんな素晴らしいアルバムだと思う。

 

これまで熱心にsyrup16gの音楽を聴いてきた人は勿論、「全く知らねぇよ!」という人にもオススメしたいアルバムである。むしろ聴いたことないという人、入門編にdelaidbackから聴いても良いかもしれない。めちゃんこ良いアルバムです。是非。

 


Syrup16g 赤いカラス LIVE

 

 

本日のテーマソング

syrup16g/赤いカラス

かつてロックンロールに心を撃ち抜かれた、全ての人たちに

ロック好き同士で会った際、「最近どんな音楽聴いてるの?」「何かアツい音楽ある?」等といった話題になることはないだろうか。何なら僕なんぞは「色々聴いてるけど最近微妙だわ。やっぱ昔はさぁ~…」とかいってたりする。まだ二十代なのに。何者だお前は、評論家気取りか。完全に将来、近所で有名なロックおじさんになる予感しかしない。怖いよう。

 

自分の周りだけかもしれないけれど、ロック好き同士集まると割とこういう話の流れになることが多い気がする。どうして聴くもの全てに感動していたあの頃のように、純粋な気持ちでいれないのだろうか。どうしてそれでも尚、心高鳴る音楽を追い求めてしまうのだろうか。

 

それはきっと、かつてロックを始めて聴いた時の、あの目から鱗と涙と何かしらが次々と零れ落ちるような、天啓のような衝撃が忘れられないからだと思う。

 


神聖かまってちゃん 「ロックンロールは鳴り止まないっ」中文字幕

 

神聖かまってちゃんの楽曲にロックンロールは鳴りやまないっという曲があるが、この曲の歌詞にもあるように我々ロックファンは、いつだってそんなあの時の衝撃を追い求めているハンターなのだ。多分。いや、きっとそう。

 

いつだってあの時ロックンロールに心を撃ち抜かれた日のように、これまでの人生で感じたことのない最上級の衝撃に出会いたいのだ。無数の「何だこれ!?」「こんなん聴いたことないぞ!」「カ、カッコ良いいい!」に襲われる衝撃。何やら訳の分からん物で殴られ、世界が120度くらい変わってしまうような衝撃。そしてそんな衝撃にまた出会いたいが為、遺跡に秘められた秘宝を探すハンターのように、どこまでもひたすら追い求めてしまう。飽くなき探求心にハンターハンターもビックリだ。ヒソカも倒せそう。

 

僕がそんな飽くなきハンターの一員になったきっかけは、忘れもしない中学2年の夏のこと。アニメの世界ではエヴァに乗ったり魔法少女の力に目覚めたりと、何かと日常が変化しがちな年齢、中2。アニメの中の彼らと同様、現実世界の中2も何かと目覚めることが多い。周りの同級生がオシャレやワルっぽいものに目覚めていく中、そんな風潮に馴染めずにふてくされていた僕は音楽に目覚めた。

 

幼馴染の親友の家にあったスピッツのスーベニアというアルバムを何となく借りて聴いたのがきっかけだった。このスーベニア、春の歌や正夢といったこれぞスピッツ!な有名曲が収録されていると同時に、ほのほにみそかやテイタム・オニールといったロック色の強い曲も収録されている作品で、ひねくれていて優しかった。しかし最高に尖っていた。ロックだ、と思った。再生ボタンを押して、1曲目の春の歌が流れた瞬間から「あ、これすげえ良いやつだ」と夢中になって聴いたのを覚えている。

 

音楽とか、クラスのイケてる奴がイケてる連中と盛り上がる為に聴くものだと思ってたのに。俺は触れちゃいけない種類の物だと思ってたのに。何だろう、この自分の心の形に添ってストン!と全部ハマる感覚は。気付いたら、「カカカ、カッコ良い!!!!」と夢中になっていたな。

 

前述したような「色々聴いてるけど最近微妙だわ。やっぱ昔はさぁ~…」という発言、皆さんも聞いたりいったりすることはないだろうか。結局のところ、そうした発言も裏返せば音楽への愛溢れるハンター故だと思う。

 

音楽を聴いたところで、悩みや不安はなくならないし、現実に横たわる様々な問題が消える訳ではない。しかし、あの頃撃ち抜かれた「カカカ、カッコ良い!!!」に貰った奮い立つような力強さを、衝撃や勇気を忘れたくないし、追い求めていたい。いつだってそんなロックンロールの衝動を心の何処かに持っていたいのだ、僕たちは。

 

またそんな衝撃をまだ見ぬ人がいたならば、かつてロックンロールに心を撃ち抜かれた、いちロックファンとして「こんなカッコ良い音楽があるんだぜ」と、伝えたいし繋げていきたいとも思うんである。

 

「最近微妙だわ。」などと発言しがちでも、個人的には一方的に否定して押し付けるつもりは毛頭ない。それぞれ趣味嗜好があるものだし。また今現在でもカッコ良い音楽を掻き鳴らしている人たちは沢山いる。僕自身、評論家の方々のように詳しい訳ではないし、まだ見ぬ衝撃に出会う機会がまだまだあるだろうし、そんな出会いがあれば嬉しく思う。

 

かのような駄文をいつも読んでくれる方々にはいつだって感謝が尽きないです。何かしら伝わっていたら感謝感激です。伝えたいし、出会いたい。だからこそこうやって文章を綴り、ブログを書いているのかもしれない。

 

スーベニア

スーベニア

 

 久々に聴いたけれど、スーベニアはやっぱり名盤である。

 

本日のテーマソング

The Birthday/くそったれの世界

 

 

 

 

 

 

どこまでも人間臭いそんなあなたが好き syrup16g『delaidback』発売決定

先日アマゾンにて、「お客様におすすめのニューリリース」の欄をボケーっと眺めていたところ、その中に「syrup16g」の文字を見つけた。どうやら来たる11月8日に「delaidback」という新譜が発売されるらしい。うおお、マジか。たまにはニューリリースの欄も見てみるものですね。知らずにスルーするの回避出来て良かったわい。嬉しくて思わず、うひょひょひょ!と部屋で小躍りしてしまいましたよ、ぼかぁ。

 

delaidback

delaidback

 

 

かつての名盤「delayed」や「delayedead」に次いで、「ディレイ」をタイトルに冠した本作。期待値がブチ上がる中、公式サイトをチェックしてみるとどうやらライブでのみ演奏されて、これまでCDには収録されていない楽曲を音源化したものらしい。今や伝説となった2013年の五十嵐隆氏の復活ライブ・生還で演奏された「赤いカラス」や「透明な日」といった楽曲から、古いものでは97年頃の「開けられずじまいの心の窓から」や「夢みたい」といった楽曲も収録されるとのこと。今から楽しみ過ぎる。ドキがムネムネだわいな。

 

そんな中でも特に、当時生還ライブのチケットが取れずに悔しさの中、DVDを発売当日にタワーレコードにカチ込んで入手した僕としては「赤いカラス」の収録に喜びを隠せない。syrup16g解散後に結成されて音源のリリースもないまま解散した、犬が吠える時代に作られたこの楽曲。生還ライブのDVDにて始めて聴いたのだが、哀愁が凄い。そしてビックリするくらい良い曲。

 

何も出来ないまま、無為に時間を浪費するだけの自分を嘲るように、淡々と進行するこの曲。それでいて寂しく肩を落としながら、弱音をポツリとこぼすような風景が浮かぶ美しいメロディと演奏に、DVDを観ながら友人と「この曲、すげぇや。。」と夢中になって聴いた思い出。何というか、頑張ってもダメで、上手にやれなくて、でもそれじゃ生きていけなくて。そんなしょうもないクソッタレな自分を、「ヘヘッ」と笑いながらも泣いているような哀愁を感じて、どうしようもなく心をギュッと掴まれてしまったのである。

 

しかし考えてみればこの人はいつだってそうで、自分のことを怖いくらいに冷静に客観視して「俺全然だめだなあ、ヘヘッ」と嘲りながら下向いて歩いているような、そんな気がする。いってしまえばダメ人間度合がありあまる程にバリバリなのだが、そんな姿がどこまでもリアリティがあって、「ダメだなぁ、この人」なんてどうしても笑えない。何故か心をギュッと掴まれてしまうのである。どうしてこうもsyrup16gの音楽に心惹かれてしまうのかといえば、人が誰しも蓋をしがちな暗い部分に光を当てるような、そんな圧倒的なリアリティと人間臭さがあるからなんだろうなーと思う。

 

「暗い」だの「鬱ロック」だのいわれがちだけれども、彼らの音楽の魅力はそんな表面的な部分では無くて、そうしたどこまでも人間らしい、人間臭さにあるのではないだろうか。

 

syrup16gの僕の大好きな曲のひとつに、「明日を落としても」という曲がある。もしも人生で影響を受けた曲10曲挙げて、といわれたら確実にランクインする1曲だ。

 


明日を落としても

 

機械みたいな声でサヨナラされて それでも何か傷ついて

誰も愛せなくて愛されないなら 無理して生きてることもない

明日を落としても 誰も拾ってくれないよ それでいいよ

 

と、厭世的な気分を引きずって、どこまでも自暴自棄で突き放したような言葉を呟きながらも、曲中そんな言葉を吐くことで物事から目をそらしてごまかしてしまう自分を皮肉ったりしている。これで済ましてしまえばただ「暗い」で終わってしまう。しかし曲の後半部分、ボルテージを上げて疾走するようなギターソロの中で「Do you wanna die?」とシャウトを繰り返して曲は終わるのである。

 

「無理して生きてることもない」と突き放してごまかしながら生きる自分に、「それでお前、本当に死にたいの?」「本当にそう思ってんの?」と叫び、問いかける。そこに明確な答えは無いけれど、「かといって本当に死にたいのかよ?そうじゃ無いんじゃないの?」と葛藤する感情の揺らぎが込められている1曲だと思う。

 

「この曲はそんな曲じゃねーよ!あっちに行け!」という意見もあるかもしれないけれど、syrup16gの音楽を聴くたびに僕は、そんな一見矛盾したような、どちらにも振り切れずにもがくような、行き場の無い感情の揺らぎに突き抜けた人間臭さを感じてしまうんである。そしてどうしても心を揺さぶられてしまうのだ。

 

ネガティブかポジティブか、性格の傾向は人それぞれだけれどほとんどの人はそこまで極端ではなくて、その中間の「ネガティブな部分はあるけれどなるべくポジティブに頑張ろうとしている人」に当てはまるのではないかなーと思う。syrup16gの楽曲は僕を含めたそんな人たちの心の奥底にあって時々顔を出す、そんな部分に容赦なくグサグサと突き刺してくる音楽だと思うのだ。

 

中には痛いよぅ痛いよぅ、と拒絶する人もいるかもしれない。「そんなん気にせず上げていこうゼー!うぇーい!」という人もいるでしょう。しかし時にネガティブで時にポジティブな僕らには、テンションブチ上げ系の曲では踊れない日もある。そんな歌をやけに聴きたくなる時があるし、そんな歌がやけに優しく響く時がある。

 

そんな時彼らの音楽はいつだって、側にいてくれるような気がする。「あー分かるよ、しんどいよねぇ。。」なんて言いながら。そんなどこまでも人間臭く優しい、syrup16gの歌が僕は好き。

 

いやはやどうも長くなってしまった、乙女の手紙か。ではでは本日はこの辺で!delaidback、今からとても楽しみ。ばいちゃ。

 

本日のテーマソング

GRAPEVINE/everyman,everywhere

 

 

 

 

 

どこまでも歩いて行けるように靴を俺にくれ コンバースのジャックパーセルが欲しい

先日ツイッターを開いたら、遥か遠い昔に好きだったあの娘のアカウントを発見。「懐かしい~今何やってんだべが」と覗いてみれば今は結婚して立派なお母さんになっておった。年齢的に当然なのだけれど、こういう時に時の流れの早さを思い知りますね。

 

大槻ケンヂ氏のグミチョコレートパインなど数々の本に没頭し、毎日ギターはじいては最低の気分を抱いて方法論だけを磨いていた青春時代も今はもう昔。思い返せば結局あの娘とも累計3回くらい会話しただけで、卒業してそれっきりだ。最後までいちご100%のような奇跡は起きることはなかった。甘酸っぱいと言うよりはただただしょっぱいっすね。

 

そんな学生時代を振り返りながら、そっとブラウザを閉じた訳だが、時の流れって本当に早い。元気に笑っていたあの娘も今やかわいいお母さんで、僕は前髪の後退具合を気にするアラサー野郎だ。能天気な時代はとうに過ぎて、今はそれぞれ別の未来の為に歩いている。嗚呼それならば。

 

僕はどこまでも遠くまで歩いて行こうじゃないか。立ち止まってはいられないのだ。イケてなかった学生時代も遥か彼方に霞むくらいに遠くまで行きたい。どこまでも歩いて行けるような靴を俺にくれ。まあ要するに何が言いたいかというと、新しいスニーカーが今猛烈に欲しいのです。(話題の振り方強引か!)特にコンバースジャックパーセルが欲しい。

 

 

 こちらのジャックパーセル。ロックファンにはお馴染み、NIRVANAカート・コバーンが愛用していたことでも有名なスニーカーである。大学時代、カート・コバーンの影響で購入してからというもの虜になってしまい、履きつぶしては購入するを繰り返している。現在履いているもので4足目で、既に内部は破れ靴底も剥がれている有様だ。これは由々しき事態だ。

 

いい加減別ので良いんじゃないかなーとも思うのだけれど、毎回スニーカーを新調するたびにジャックパーセルを購入してしまう。たまにオールスターを履いてみるものの、「やっぱり俺、君じゃなきゃダメなんだ!」とすぐにジャックパーセルちゃんの元に戻ってきてしまう。僕たちは運命の赤い糸に繋がれた恋人たちのように、惹かれあう関係性なのである。愛してるぜベイベ

 

もしも人に「どうしてそんなにジャックパーセルが好きなんだい?」と聞かれたら、僕は「だって何にでも合わせやすいじゃない」と答えたい。そうこのジャックパーセル、何を履いて着ていようが関係なく、どんな服装にもマッチするのだ。

 

細身で特徴的なそのデザインは、ジーンズだろうがスキニーだろうがチノパンだろうが、どんなズボンをチョイスしても相性抜群だし、同じように上に何を着ても全く違和感がない。この服装を選ばない汎用性の高さが実に魅力的。服によって靴を選ぶとどうしても履かないものも増えてきちゃうしね。シックにもカジュアルにも相性の良い万能型で、ガンダムで言ったらゲルググとかその辺りのイメージ。そしてオールスターほど人とも被らないし、何だかちょっとロックな香りもする。あと中敷きがフワフワしてて歩きやすい。

 

こんな風に好きなポイントを挙げたらキリがないジャックパーセル。僕のこの愛は本物だ。やはりどう考えても、他のスニーカーをチョイスするのは考えられない。これからもそんな愛するジャックパーセルちゃんを履いて出掛けたいし、君とならどこまでも歩いて行ける気がするよ。一緒に遥か遠く彼方まで、歩いて行こうじゃないか。噓じゃないよ。本当さ。

 

ここのところ随分と天気が悪かったけれど、台風も過ぎればまた気持ちの良い、秋晴れの空に出会えるはず。そんな晴れの日は新調したスニーカーを履いて意気揚々とお散歩にでも出掛けたい、と思う。悪天候や台風はもうたくさんだ。嗚呼、晴れの日が待ち遠しい。

 

という訳で今ジャックパーセルが猛烈に欲しい、という記事でした。ちょっくらアマゾンで購入して来ます。それでは。

 

本日のテーマソング

加藤登紀子/時には昔の話を

 

こんな秋の夜長には鬱くしい人間賛歌を 鬼頭莫宏「なるたる」を読んだ

ここのところ寒い日が続いていますが、皆さんお元気ですか。僕はというと、余りの寒さに連日毛布の中でガタガタ震えています。さすが秋、寒さが半端ねえ。家の中でもライダース着てるぜ。暖房?東北出身をみくびるんじゃあないぜ。そんなん節約だぜ。そして日が落ちるのも早い。午後4時を回れば辺りはたちまちコーヒー色した闇に飲み込まれてしまう。

 

しかしそんな秋の夜長はお家で音楽を聴くのに持って来い、読書をするのに持って来いだ。つい先日も1作の漫画も読み終えたばかり。鬼頭莫宏氏のなるたるという漫画なのだけれど、これがまた凄いんである。ドキドキとワクワクを超えて、絶望感にマウントポジションで心をボコボコに殴られたような読後感。何だか怖いし悲しいしやるせない、しかしページをめくる手は止められない。ダークな内容なのにも関わらず、妙に引き込まれる漫画であった。

 

新装版 なるたる(1) (KCデラックス アフタヌーン)
 

 

こちらのなるたる、竜の子と呼ばれる物凄い力を持つ謎の生命体とリンクした、選ばれし少年少女達が残酷な運命の元に集い、次第に壮絶な戦いに巻き込まれていく、というストーリー。表紙のポケモンみたいな可愛いのがホシ丸と名付けられた竜の子で、それに乗ってる女の子が主人公のシーナ。

 

現代を舞台にしたSF物ともいうべきお話なのだが、可愛らしい表紙の絵に騙されてはならない。いざページをめくったならばそこに広がるのは、アウトレイジもビックリな生々しく残酷なセックス&バイオレンスな世界。殺し殺されてのヘビィな残酷描写のオンパレードなのである。

 

この竜の子と呼ばれる生命体、本気を出したら軍隊も手におえないような驚異的な力を持っている。そんな能力を駆使してある者は世界を崩壊させる為、ある者はそれを阻止する為、またある者は大切な人を守る為、ある者は自身を傷つける者に制裁を加える為、それぞれの理由と目的の為に戦いに投じていくのだが、その様がとにかくえげつない。

漫画にありがちなご都合主義は一切無しで、メインキャラもモブキャラも次々と命を落としていく。そしてそんな死は人の恨みや怒りに火をつけて、国や軍隊をも巻き込んで血を血で洗うような争いへ発展していくのだ。それぞれの想いが錯綜していく中で挿入される、少年少女達の内面を想像させる巧みな心理描写がまた痛々しい。とにかくバンバン人が死んでいくわやたら生々しい性的なシーンは多いわで、読んでいるとドッと重い疲労感に襲われて何だかもの悲しい気持ちになってしまう。しかし一方でこの漫画、人間的過ぎる程に人間を描いた、人間賛歌ともいうべき名作だと思う。

 

自分の愛する人を何としてでも守りたい、弱くて傷だらけの自分自身を守りたい、間違いだらけの世の中をどうにかして変えたい、大切な人を傷つけた奴をどうしても痛い目にあわせたい。ただ胸の中にあるのはそんな各々の燃えたぎる愛と正義。人の心というものは実に様々で、誰かにとっては悪でも、角度を変えれば他の誰かにとっては正義だったりもする。そして決して交わらないそんな気持ちは、どうしても争いに発展していってしまう。

 

しかし、例え傷ついて失ってしまうだけだとしても戦う彼らの心は、グロテスクでもある一方、どこまでもひたすらに透き通っていて純粋で美しい、とも思う。何かを変えたい、自分自身を、誰かを守りたい。これ全部、根底にあるものをすくい取ってみれば、ただ純粋な愛や正義だと思うのだ。例え血みどろの戦いの中であろうと、傷つき倒れようとも、全てが無駄に終わろうとも、彼らの心の底にあるそんな想いはどこまでも透き通っていて美しい。勧善懲悪では無い、そんなそれぞれの愛と正義をリアルで美しい筆致で描いた名作だと思います。

 

気温も低く静かで、どうにもセンチメンタルな雰囲気漂う夜が続いている今日この頃。愉快な映画や音楽も良いけれど、そんな秋の夜長だからこそ、敢えて鬱くしくも綺麗に透き通った人間賛歌に心を預けてみてはいかがでしょうか。なるたる、おススメです。

 


【STANCE PUNKS】放送禁止 【PV】

 

漫画を読みながら、なるたるのテーマソングはこれだろ!と勝手に決めつけて聴いていたこの曲でお別れしましょう。

僕らに終わりがあること知ってる。少年、世界は死ぬほど無様だ。

それでも戦う少年少女達よ、君たちは美しい。では。

 

本日のテーマソング

LED ZEPPELIN/stairway to heaven

 

終わったつもりでもそうじゃねぇ eastern youthの新作「SONGentoJIYU」を聴いた

先日リリースされたばかりのeastern youthの新作「SONGentoJIYU」を聴いた。9月末に更新した記事で、先行公開されたソンゲントジユウを挙げさせて貰ったばかりだが、その名曲具合に負けない渾身の傑作であった。

 前作まで長い間ベースを務めた二宮氏脱退から、新メンバーに村岡ゆか氏を迎えてから初のeastern youthのニューアルバムである今作。「どうなるんだろう?」という不安と「イースタンならきっとこれまで以上にやってくれるはず!」という期待に、リリーズ前から待ちに待ったアルバムだったのだけれど、流石我らがeastern youth

ブチ上がった期待を裏切るどころかあっさりと越えていく、凄まじくカッコ良い新譜を届けてくれました。

 

SONGentoJIYU

SONGentoJIYU

 

 
一聴してまず驚いたのは村岡氏の巧みなベースの溶け込み具合。まるで長いこと一緒に活動してきたかのように、音楽にぴったりと寄り添いながらも、確実にバンドの音に新たな色を加えている。
ダイナミックに動き回るベースラインに加えて、時に和音を交え、時にスラップでファンキーにキメ、時にバックで正確にリズムを支えて、時にコーラスで曲に新たな表情を付けてと、新生eastern youthにおけるその存在感とセンスに脱帽。かつてbloodthirsty butchersに田淵ひさ子氏が加入した時のように、完全に確立されたと思われたその音楽に、演奏にまた新たな息吹を吹き込んでいるではないか。おおお、カッコ良い。

そんな本作「SONGentoJIYU」。アルバム全編を通して、かつてない程にほとばしる明るさとポジティブさに満ち満ちた、実にガツガツとしたハングリー精神の塊のようなアルバムになっているように感じました。
これまで一貫して歌われてきた怒りや焦燥感や力強い決意といった、良い意味で人間臭く泥臭い人間賛歌。そんなこれぞeastern youth!とも言うべきパワフルな楽曲に加えて、今回心をギュッと掴まれたのは「それでもやっていこうぜ!」と言わんばかりの圧倒的な明るさとポジティブさ。

そう、とにかく前向きで明るいんである。それも「きっと大丈夫だょ。自分も未来も信じて頑張ってLIけばき㋡と夢わ叶ゥょ☆」なんてのたまって根拠のない明るさをぶん投げて渡すようなポジティブではなく、絶望も悲しみも全部を全部受け入れた上で「かかってこんかい!」と宣戦布告するようなポジティブさ。

 

疾走感のあるメジャーコードが、暗闇を抜けた後のように爽やかに響き渡る07.口笛吹いて駆け抜けろでは、陽性のメロディに乗せて

割といい感じの気分なら 飛べそうな気もする

と力強く歌い出し、

ため息をみんなヤケッパチの歌に変えて今

超えてゆく 俺の答えさ

とアクセルを全開に踏み込むようなサビへと突入する。かっけぇ。最高か。

続く08.旅の空では変拍子的でテクニカルなドラムフレーズに乗せて、

立ち止まったって終わらねえ 終わったつもりでもそうじゃねぇ

と力強く決意表明。サビでは

あと一歩もう一歩 来る日も来る日も

あと一歩もう一歩 どこまでいっても

とこれからも歩き続けるわ!と言わんばかりの、強い意志を感じさせるフレーズが心にじんわりと響く。

 

二宮氏の脱退から活動休止期間を経てリリースされた本作。長い長いトンネルを抜けた後で、終わったつもりでもそうじゃねぇ!と悔しさや苦しさをも超えて明るく全開でぶっ飛ばすような、世に溢れる困難やふと立ち止まってしまう瞬間にも果敢に立ち向かっていくような、そんな素晴らしい「歌」が詰まった良いアルバムだと思いました。
そこで鳴り響ているのは絶望や悲しみや苦難をも振り切って、歩いていく力強さと希望に満ち溢れた圧倒的なロックンロール。

 

日々生活していく上で壁や困難に足止めを喰らって、「もう終わりだ、もう前には進めねえ」と思わず呟いてしまう瞬間は数多い。けれど「もう終わり」と決めつけるのはいつだって自分自身で、そこから立ち上がって立ち向かっていくのもまた自分自身。eastern youthがいる限り、立ち止まったって終わらねぇ終わったつもりでもそうじゃねぇ、とどこまでも歩いて行けそうな気がします。

「よっしゃ、いくぞ!」と気合を入れたい、秋晴れの気持ちの良い朝に聴きたいアルバム。まだ未聴の方、是非。

 


eastern youth「ソンゲントジユウ」 ミュージックビデオ

 

本日のテーマソング

jimmy eat world/sweetness

浮気だの不倫だのが流行るそんな世の中に少女漫画を

ゲスの極み乙女の川谷氏とベッキー氏の不倫事件に始まり、国会議員の不倫騒動と最近やたらと不倫だの浮気だのが取り沙汰されて、ある種のブームみたいになっている今日この頃。テレビでも昼顔なるドラマが流行ったり、毎回そんな感じの番組ばかりで何だかダウナーな気持ちになることが多いのだけれど、皆様お元気でしょうか。お久しぶりです。

儀式的なお見合い結婚の文化も縮小して、自由恋愛に結婚がメインになった昨今。男女それぞれ様々な関係性が認められるようになったのは良いのだけれど、不倫や浮気が当たり前のように流行っている、この状態は何なんでしょうね。

 

アレ見聞きするたびに如何ともしがたい気持ちに苛まれませんか?だって切ないじゃない。きっと最初はさ、「あの人素敵だなあ、どんな物が好きなんだろ」とかから始まって「あ、音楽好きなんだ?あのバンド好きなん?え!俺も好き!最高だよね!!!」とか話して徐々に交流を深めて来たはずなんだ。形はそれぞれ違ったとしても、きっとこんなプロセスがあったと思うんですよ。

そうやって交流を深めて、良い部分も悪い部分も受け入れた上で、程度の差はあれど「あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら死んでも構わない、あなたの為に」と一緒に生きていく決意を固めて歩んで来たはずなんです、きっと。

 

それなのに、なぜこうも人の心はすれ違い、離れていってしまうのか。離れてしまったその距離を縮めるどころか、うつろいでいってしまうのか。人それぞれ事情は異なる為に僕のような若輩者が上から好き勝手に物申すのは生意気が過ぎる気がしますが、それでも浮気だの不倫だのは良識ある大人としてダメ!絶対!ではなかろうか。

 

そんなドロドロした思考と性欲の渦巻く世の中に何か救いはないものか。何故にそこまでしてハイリスクノーリターンなスリルを求めてしまうのか。もう誰かが傷つき涙するようなテレビや映画は見たくないよ。圧倒的救済を!圧倒的エンターテインメントを!

 

そんな暗澹たる思いの中、たまたま1本の映画を観る機会があった。シンガーソングライターのmiwa氏や俳優の坂口健太郎氏主演の映画・君と100回目の恋。

 

映画「君と100回目の恋」 [DVD]

映画「君と100回目の恋」 [DVD]

 

 

お前何でそんなん観てんだよ、JKかよ。そんなツッコミはさて置き。事故死してしまう運命にあるmiwaとその運命を変えるべく過去へとタイムリープし続ける坂口健太郎。その2人の奮闘と熱くイノセントな恋を描いたこの映画。作品自体正統派なロマンチックでポップな青春恋愛映画で、「ふーん」と作業しながら観るともなしにぼけーっと観ていたのだけれど、本筋とはあまり関係の無い部分で勝手に熱くなってしまった。

 

この2人、作中にてTHE STROBOSCORPというバンドで活動しているのだけれど、幼馴染で友達以上恋人未満な関係性。お互い内心では好き合っているけれど恋愛としては交際などの進展は無し、という設定。そんなこんなで活動しているTHE STROBOSCORPなのだが、実は同じバンドのベーシストはmiwaのことが好き、という隠れ三角関係状態。何やらドロドロな修羅場と化す予感。何それ止めて、怖いんだけど。やいベーシストよ、セコイ手を使ってmiwaと落とそうするんじゃないのか!?酒飲ませて酔わせた挙句手を出すのか!?などとゲスいことを考えていたのだけれど、こいつ、坂口健太郎に「俺、実はアイツのこと好きなんだ。。最初に幼馴染のお前に報告しておこうと思って。。」と事前報告。「何でわざわざ俺に言うん?」と返されて、「仁義は切ったからな!!!」と宣戦布告。

 

何こいつ、めっちゃ良い奴。主人公2人の恋に横やり入れてかっさらっていく悪キャラかと思いきや、ちゃんと筋は通すイケメンの鏡。三角関係という泥沼確定案件に対してどストレートに真正面から立ち向かっておる。そして最終的にはエモーションが抑えきれなくなり、人前で告白した挙句、無残にもあっけなくフラれてた。

 

しょっぺぇ。最高にしょっぱ過ぎる。でもこいつ、最高にカッコ良い。好きなあの娘は自分に興味など無く、恋敵はイケメンでギターめちゃくちゃ上手くて完璧超人でしかもあの娘の幼馴染。圧倒的に不利で正直勝ち目など少しも無い。そんな中セコくてズルい、卑劣な手を使って不倫ブームの如き、ドロドロな手法で全てを欺き持っていくかと思いきや、しっかりとした良識の元、ライバルにもキチンと筋を通して不利な状況にも真正面から立ち向かっていくスタイル。正統派だし青春だし何よりロックだと思う。ストーリー上さらっと描かれているのだけれども、本筋よりもこの展開に心を持っていかれてしまった。

 

一方ドロドロとした不倫だの浮気だののブームに気が滅入るような昨今。せめてフィクション上では、前述した彼のようなロックンロールで正統派な漢(おとこ)の登場する作品に触れたい、と思う全てのラヴァーズ達に是非とも少女漫画を読むことをオススメしたい。

 

どうやら当て馬キャラと呼ばれているらしい、こういうキャラクター。名前の通り、主人公が思いを寄せるイケメンのライバルキャラとして登場する彼ら。彼らは真面目だ。決して卑劣な手段に頼ることなく、あの娘が思いを寄せるイケメンに堂々と戦いを挑む。彼らは潔い。無残にフラれた後も決してあの娘やイケメンを恨むことなく、付き合った2人を祝福し応援したりする。彼らは優しい。いつだってあの娘の身を案じ、聞きたくないはずのイケメンとの恋の悩みもちゃんと聞いて何ならアドバイスだってしちゃう。そして何より彼らは漢(おとこ)だ。例えいい人止まりで終わろうが、1ミリも脈が無かろうが、正々堂々と戦う。

 

如何に敗北が目に見えていようとも、我々男子には戦わねばならない時がある。勝つか負けるかが重要なんじゃない、やるかやらないかが重要なんじゃ!!!そう言わんばかりの彼らの汗と涙とポリシーに毎回心を熱くさせられる。奴らの漢気に、「ナイスファイト!!」の賛辞を贈りたいし、一緒にマック行ってコーラ飲みたい。そんでその後一緒に銀杏BOYZGOING STEADY縛りでカラオケ行きたい。モンゴル800縛りでも良き。そして終電で晴れ晴れとした気持ちで一緒に帰りたい。

 

ドロドロとした出来事ばかりの報道にダウナーな気持ちにさせられることが多い今日この頃ですが、そんな心がイケメンな彼らばりの熱く青く、どこまでもピュアな気持ちで生きていきたいです。

 

と思ったらこういう所謂当て馬キャラて、主役のイケメンキャラより人気高いってパターンが多いらしいですね。いい人止まりとか書いたけど引く手あまたやんけ!

 

 (となりの怪物くん、めちゃんこ面白いので男性の方も是非)

 

本日のテーマソング

戸松遥/Q&Aリサイタル